設計プロセスの初期の段階で、その発想支援をする道具としてコンピュータが最初に用いられたのは1960年代初期であり、いわゆるCAD(Computer Aided Design)は、ここが出発点であるといえる。
それを可能にしたコンピュータ利用技術が、 CG (Computer Graphics)であり、世界的には『2001年宇宙の旅』にも参加したアメリカのジョン・ウィットニー(John Witney)が先駆者として評価され、1961年に制作した『カタログ(Catalog)』がその代表作とされている。
http://www.youtube.com/watch?v=TbV7loKp69s
我が国では1967年11月に第1回草月実験映画祭において、東大大学院都市工学科に在籍していた山田学と月尾嘉男によって発表された『風雅の技法』が日本初のCGアニメである。これは、大型コンピュータ制御のプロッタで描画した幾何学的な図形を一枚ずつフィルムに収めてアニメーションとしている。
作品の題名となった「風雅の技法」は、もちろんバッハの晩年の大作「フーガの技法」にヒントを得て作られたものであり、音楽分野では作曲技法として重要な対位法を映像の世界に持ち込もうという意図が伺える。フーガは対位法(kontrapunkt)のひとつであるが、複数のメロディーや映像を同時進行で展開するように構成する技法で、音楽や映像の芸術用語である。
http://www.youtube.com/watch?v=qC8ad4gVXEQ
その後、山田学は日本の建築界におけるCAD利用の推進者となり、我が国における万国博覧会の観客流動シミュレーションを実現している。1975年の沖縄国際博覧会以降のコンピュータによる観客流動モデルは、私との共同開発である。
一方、月尾嘉男は人工知能、仮想現実など情報科学の先端分野に挑戦するが、むしろ情報社会の基盤整備に力を注ぎ、大学からは最初の総務省総務審議官に就任し今日に至っている。
2010年1月11日月曜日
2009年12月2日水曜日
空間ロボットのお手本
ロボットの定義とは、などと難しいことを言わなければ、ロボットの概念は、いまや「自動人形」の域を超えて、自立型の多様な装置の総称として捉えることもできる。建築学においては、建設ロボットのように生産製造プロセス支援のシステムとして、この言葉が使われることが多いが、人間の暮らしを自立的に助けるあるいは暮らしを豊かにする環境装置と見なせば、いま、忘れられようとしている多くの日本古来の空間演出を再評価することができるのではないだろうか。
自然のエネルギーを利用した日本古来の空間型ロボットとして、まず最初に取り上げたいのが「ししおどし」である。農作物に被害を与える鳥獣を威嚇し、追い払うために設けられる装置全般の総称が、ししおどしであるとすれば、詩仙堂のいわゆる「ししおどし」に代表される竹筒を利用したものの他にも、「かかし」や「鳴子」もその一種である。
場所の移動はできないまでも、竹筒にプログラムされた記録によって、自立的に水のエネルギーを「音」のエネルギーに繰り返し変換し、人々の生活を豊かにする空間装置として、この「ししおどし」は鉄腕アトムとともに日本が誇る最高の空間ロボットであると思う。
2000ピクセル以上のフリー写真素材集より
また、水を入力源とした産業用空間ロボットの古典としては、「水車」があげられる。自立型といえるかどうか、その仕組みをもう少し調べてみないといけないが、水量の変化という外部要因に対して、どのように制御しているのか興味深い。
次に、ししおどしのように水のエネルギーではなく、風のエネルギーを利用して、それを「音」に変換する空間装置の代表が「風鈴」であり、これも見方によっては立派な空間ロボットであると言える。
いずれにしても「ししおどし」や「風鈴」のように、人の暮らしの近くで建築の外部空間と内部空間を、視覚以外の感覚でつなぐ大切な空間装置を、現代の生活では忘れかけている。それを、あたらしく「情報」という概念でどのように補うことができるかが、いま研究室に求められている課題の一つである。
2009年11月16日月曜日
ストレスト
ストレスフリーが言われているけれど、必ずしも、そればかりではないような気がする。刺激のない世界は、つまらない。
そこで、「ストレスト」。
ストレスがかかったら、ちょっとお休み、つまりレスト。このバランスの良い組み合わせが、からだの健康にも、仕事の効率にも必要だってことが、最近の研究で分かってきている。そのバランスを自ら保つのは難しいけれど、iPhoneのアプリでそれを教えてくれたら、いいなぁ。
だれか作ってくれないかな、「ストレスト」アプリ。
そこで、「ストレスト」。
ストレスがかかったら、ちょっとお休み、つまりレスト。このバランスの良い組み合わせが、からだの健康にも、仕事の効率にも必要だってことが、最近の研究で分かってきている。そのバランスを自ら保つのは難しいけれど、iPhoneのアプリでそれを教えてくれたら、いいなぁ。
だれか作ってくれないかな、「ストレスト」アプリ。
2009年11月15日日曜日
デジタル?それともアナログ?
造形力には、どちらも大事だけれど、キーボードとマウスに浸かりすぎたときには、このLEGOと紙の組み合わせで、手を動かすことがバランスの良い脳の使い方かもしれない。
とにかく「糊」を使わないで、紙を造形するって「折り紙」と同様に、アナログ芸術の極致かも。
無印さん、やるね。
http://bit.ly/2XdvII
とにかく「糊」を使わないで、紙を造形するって「折り紙」と同様に、アナログ芸術の極致かも。
無印さん、やるね。
http://bit.ly/2XdvII
2009年11月14日土曜日
なわばりとオルカ
人間を含む多くの生き物には「なわばり」という個体あるいは種が生きる上での一定の空間領域が存在する。これによって「いのち」が保たれバランスがとれていることも事実だが、その、なわばりがもとで起きる「争い」が繰り返されているのも、また事実である。
ところが、この「争い」をまったくしない生き物がいる。それが「鯨類」である。野生のオルカを、国の援助にも頼らず私財を投げ打って観察・研究しているカナダのポールスポング博士によれば、その代表が「オルカ(シャチ)」だという。
母親を中心に家族、親戚、氏族が適度な関係を保ちながら社会生活を営んでいるオルカには「共同で営む」行為はいくつか見られるものの、「争う」という行為は全く見られないという。海の食物連鎖の頂点に立つオルカにとって、もちろん餌は魚ばかりではなく、時にはアザラシなどを食餌のために必要最低限の数で捕獲することはあっても、他のオルカのグループを襲ったり、人間を襲ったりという記録も観察が一切ないという。
オルカなど大型の鯨類の生活環境は、実は地球全体つまり海が一つの生活圏であり、なわばりはない。「争い」を避けるためなのか種の保存のための知恵なのかは分からないが、生活の仕方には3つほどのパターンがある。ひとつはレジデントと呼ばれる主として魚を主食とし、プランクトンの豊富な内陸に近いところで比較的定住して暮らすグループ、2番目はトランジェントと呼ばれ、広大な海を餌を求めて広範囲に移動するグループ、そしてオフショアと呼ばれるある海域の沖合を中心に生活するグループである。
それぞれが、独自の食餌方法や繁殖方法を持ち、環境に馴染みながら高度な社会生活を送っていることが最近明らかにされている。どの型に属していても「争い」は起こさず、むしろ譲り合いの精神でコミュニケーションをとり、ときには離れ、ときには集まって食餌と繁殖のバランスを保っているという。
譲り合いとおもてなしをその生活の基本としていれば、おそらく「争い」は起こらないのではと、オルカなど鯨類の社会生活を知るたびに思う。
2009年10月27日火曜日
データと情報
厳密に区別する必要はないけれど、データと情報そして知識とは、それぞれ使う場合や場面によって違っていると思う。
体温計で測ったら37℃あった。
これは、データである。だれが計っても同じ客観的な数値が得られる。
これに対して、「お母さん、今日はちょっと熱があるみたい」という子供の訴えは、いつもとは違う、しかもいつもより高いという主観的な評価を伴っている。
これは、情報である。
さらに、お母さんは別の情報と照らし合わせて、体温が37℃以上ある場合には、インフルエンザの可能性があるから受診させた方が良いと、他のデータや情報との関係で意思決定する。
これは、知識によるものである。
このように客観的で、対象そのもののある性質について抽象化した数値をデータと呼ぶのが相応しいと思う。だから、白という色名は情報である、それに対して16進数のFFFFFFは、データである。さらに「白い色は明るいが汚れやすい」と判断するのは主体の知識である。
それにしても、色に関する和名は豊かだ。白っぽい色の表現をちょっと拾っただけでも、こんなにある。
白しろ、胡粉色ごふんいろ、青白橡あおしろつるばみ、白磁はくじ、白茶しらちゃ、赤白橡あかしろつるばみ、乳白色にゅうはくしょく、白練しろねり、などなどきりがない。
2009年10月7日水曜日
平均的にものを見るということ
数字はとても分かりやすいから、たくさんのものや人が集まった現象の性質を知るときに、平均値を算出することは、ある集団の性質を代表するものとして有効ではある。
でも、それによって集団の構成要素である個々のエレメントの特質は消えてしまう。そこで集団をいくつかのグループに分け,そのグループの平均値の間に有為な差があるかどうか見ると,もう少し要素の「個性」が反映できる。
それが、平均値の差の検定という統計手法である。ただ、それもグループを構成している個々のデータが「大数の法則」、つまり平均値付近に多くのデータが集まって、いわゆる正規分布をしている場合に適用できる手法であるから,グループとしての個性はある程度反映されるものの、個々の特性は依然として抽出できない。
それでも、グループの構成を変えたり、特異データを見つける(標準偏差から外れたデータの発見)ことにより、ある程度、集団の性質や含まれる個々の特性が明らかになってくる。
このように技術としての統計手法だけに頼ることなく、ある数値をきっかけに対象としている集団や現象の特性を探る手がかりを得ることができる。パッケージ化された計算手法の結果を鵜呑みにすることなく、個々のデータが語ろうとしていることを,どれだけ引き出してあげるかは、分析する人の腕にかかっている。
登録:
投稿 (Atom)


