2009年5月17日日曜日

■見えないものを見せる

「動く」ということを客観的に捉えるためには、それを見えるようにする必要があります。位置の移動がその主要なパラメータですから、刻々と変化する位置を記録することが、「動き」の証明となります。それでも風のように空気自体は見えないけれども、その空気が当たって揺らめく木の葉っぱや雲によって、我々は「風」の存在を知り、その強さや方向を知ることができます。


これと同じように、人の流れや溜まりといった瞬間瞬間ですべて状況が違うものも、何らかの方法でその特性をビジュアルにすることはできないものでしょうか。


「軌跡図」という動きの蓄積を表現する方法があります。ここには過去の動きの履歴が重ね合わせられていますから、ある場所での動きの特徴を読み取ることができます。使われている場所がどこなのか、一度も足を踏み入れられていない場所は何処なのかが、誰にでも分かるような簡潔な表現です。でも、この軌跡図は実際の場所に行って見ることはできません(うっすらと雪が積もった翌日には、そこを通った人の足跡がちょうどこの軌跡図にあたりますが)。


高速で動くものを、これまでの話しとは別に、あえて「止めて」みることも、逆に「動き」の理解には効果的なこともあります。鉄砲から発射された弾丸を高速度カメラで撮影すると、ある地点を通過した時の弾丸が撮影できますが、そこには弾だけではなく周りの空気の渦が克明に示されているではありませんか。動きを止めることも見えないものを見るひとつの手法です。

動くものを予測する

回帰分析あるいは重回帰分析という統計手法があります。たくさんの観測点に関する二つまたはいくつかの指標のデータをもとに、ある指標の値を推計するというものです。母集団が十分に大きく、またデータが正規分布に近い場合には、これほど単純に出来事を推計する方法はないような気がします。


この手法は、何しろ大雑把、エイヤっと一番たくさん説明できる式を作ってしまうのだから、まあ当たらずと言えども遠からず的な推計には良いかも知れません。「日本人の平均的な身長は何センチだから体重はほぼみんな何キログラムぐらいある」と言っているようなものです。そこには小柄で太っている人や背が高いけど痩せた人はいません。


しかし、毎月の体重測定や毎日の体の変化に応じた健康管理あるいはそのための環境設定を、一人一人の個性に合わせて実現するためには、このような静的な統計手法ではなく、時間の経過や今おかれている状況を反映した評価指標の推計方法が必要です。


動的な挙動の予測は工学の分野ではさまざまな方法が提案され、実際に生活の中で適用されています。動くスピードのよってもその予測手法は異なります。特に超高速で動いているものは直線や回転など幾何学的な軌跡を示すため、その方向を予測することは比較的容易です。しかし、風や人の動きなど、一見すると勝手にあるいはランダムに動いているように見えるものの動きを予測することは非常に困難です。


それでも、動きの中に一定の規則やルールを見つけると、次にはどの位置でどんな行動に推移するだろうかを数学的に予測することが可能となります。

「動く」建築資料集成があったら良いな

さて、建築設計の世界には「建築資料集成」というバイブルのような図書があります。ここにはおよそあらゆる建築空間の寸法が掲載されています。人体寸法に合わせた家具や備品の大きさから、人が集まるのに必要な部屋の大きさ、建物の用途別の施設全体の大きさが一目瞭然に分かるようになっています。


このライブラリを使えば素人でもほぼ間違いのない大きさの建物を設計できるかのようにも見えます。何の疑いもなくこのライブラリの寸法を適用すれば大きさに関してはとりあえず合格点がもらえるはずです。


しかし、本当にそうでしょうか?


このライブラリに示された大きさや寸法は、あまりにも個別的な特殊解であり、ひとつの事例であることを利用者が良く理解した上で、ここに示された「値」を参考にする必要があると思っています。自分に与えられた設計課題の解を出すための最初のよりどころとしては機能するかも知れませんが、テーラーメイドな性格を持つ建築の設計やデザインにおいては、このライブラリに頼りすぎることは、結局、大量生産のための平均的な大きさをユーザーに強いることになります。


このライブラリの一番の欠点は、「動かない」ことです。


静止した人体寸法、固定した家具、時代を反映しない様式などなど、利用者の視点は完全に欠如しています。過去に数回は全面改訂して、その時期に合わせた見直しが行われてはいますが、数年かかる改訂作業の末に出版されたときには、すでに過去の寸法体系の記録に留まっています。


とは言いながら、この資料集成の果たした役割、あるいはこれからの役割については、もちろんそれなりに評価されるべきものだと思いますが、疑いもなくこの資料を鵜呑みにしたり、これに頼りすぎることには警告を発したいのです。


人体楕円という寸法の捉え方があります。人間の胴体上部の断面はほぼ楕円形をしていることから、人間を頭の上から見たときに、その体が占有する大きさを頭を中心にした楕円で表現するものです。一般的には、肩幅に当たる楕円の長径は400mm、短径は200mmとされています。ここには年齢はもちろん、男女差も考慮されていませんが、人間が静止している時の平均的な寸法としてはこれくらいだと言う目安にはなります。


しかし、この寸法をもとに廊下の幅員や出入り口の寸法を決めたら大変なことになります。そこで、人体楕円には静止時の寸法と同時に歩行時つまり動きを伴う時の寸法が併記されています。それが600mm x 300mmというものです。この数値でさえ本当はばらつきがあるのですが、でも人がすれ違うときに1200mmの幅員をもった通路であれば、お互いの体をぶつかることもなく、また斜めに体の向きを変えなくてもすれ違うことができると判断できます。


このひとつの例を取り上げただけでも、「動き」を伴う寸法体系の必要性は十分理解していただけると思います。


また、別の例ですが、建築資料集成には空間や家具の立面寸法も掲載されています。その中に洗面台の高さが示されていますが、JIS規格の720mmが未だにまかり通っているのには驚きました。もちろん使う人の身長に左右されるのは当たり前ですが、それにしても最近の日本人の平均身長からすれば、720mm~750mmが低すぎることはすぐに分かるはずです。


ここに示された図と寸法から読み取れることは、手の届く範囲や身体各部と洗面台各部との位置関係および寸法の一つの目安が示されているのであって、決して、利用者個人の特性にあわせた寸法の算出方法が示されているのではないということです。


さらに、動作の一断面を切り取ったつまり静止した状態での寸法であり、その動作がどれほど続くのか、利用者の暮らしの変化(子供の場合には身長の変化)などの視点は設計者にゆだねられており、ここには示されていないと理解しなくてはなりません。


メーカーの研究などでは、すでに洗面台の高さは800mmが良いという報告があり、実際の導入例でも「いまより5センチ高くする」のが主流です。この5センチ高いことが、どれほど腰痛に悩む人にとっては朗報かは、研究室の調査結果が物語っています。洗面行為のように毎日、腰を屈めて一定時間無理な姿勢を強いることは、設計としては採用すべきではありません。ただこれまで、その適切な指針が出されていなかった、というより建築計画と医学とが連携した研究がなされていなかったことが一番の原因かも知れませんが。

[再掲]年頭のごあいさつ

昨年後半に「アンビエント社会」における建築の役割ということを、渡辺仁史研究室の研究背景としてとらえておく必要があることをお話ししました。


アンビエント社会あるいはアンビエント情報社会とは、「今だから、何処だから、貴方だけ」を実現するというコンセプトのもとに、生活の中にICTが自然に溶け込み、必要なときにコンピュータの方から人間に働きかけ生活をサポートしてくれるような社会の実現を目指しています。


そのような社会に建築分野からアプローチしていくためには、人間の生活に関する膨大なデータベースが必要であり、これまで我々の研究の蓄積がその中核になることは間違いありません。そこで、今年は原点に戻ってこれまでの研究の独創性や成果を整理体系化しておくことが重要です。


新しい社会の到来やその変化に敏感に対応していくことも研究室の目標のひとつですが、先端的な追求をする一方で、研究室の設立当初から変わらない研究思想を確認しておくことも大事だと思います。


それは、「動く」ということです。


時間の経過、場所の移動、状態の変化など、その捉え方はさまざまです。


建築や都市のデザインプロセスの中で、その利用者の視点に立つことは、まぎれもなく生活という日々動いている人間の行動を設計計画の評価の指標とすることであり、そのためにはまず人間の行動を知ることから始めなくてはいけないということで、建築分野における「行動」研究がスタートした訳です。


「動く」もの、あるいは「動く」ことを知ることは、そこに「時間」という4次元のファクターが入り込むということであり、従来の設計図書では表現できない新しい評価軸を導入するということでもありました。


建築や都市空間で「時間」を把握するために、さまざまな指標が使われてきました。時間とともに「数」が変化することをとらえるために「断面交通量変動」が、時間とともに「位置」が変化することを記録するために軌跡図が、時間とともに「状態」が変化することを記述するために数学のオートマトンが適用されるなど、定量的、定性的に表現してきました。


そして、これらの結果を建築の設計に生かすためには、設計案を「動く」という視点から評価できるモデルを作成することが必要です。そして初めて、先の時間が読める、新しい空間で人々がどうやって動くかをあらかじめ予測することが可能になります。


そのためには、膨大な行動調査のデータの中から「変化」をとらえること、すなわち、動きの履歴の中に共通するあるいは特徴的なルールを見つけ、その行動特性を解明したうえで、そのルールを汎用的なモデルにするというのが、これまでの研究のアプローチでした。


このような視点からのアプローチは、様々な成果を生みました。


具体的には沖縄海洋博覧会の会場構成や施設配置計画への適用、超高層建築からの避難安全性の客観的な評価、明石歩道橋での群衆事故の原因解明、MoMA美術館での回遊動線への提言、葛西臨海水族園での水槽配置計画への適用、鉄道駅コンコースでの群衆誘導、さらに百貨店におけるイベント開催時の来客誘導への適用など、主として不特定多数の人が集まる施設での人間の「動き」の評価に使われ、施設計画の見直しや新たな対策が立てられるなど有効に活用されてきました。

2009年5月16日土曜日

病院の待合室

受付を済ませると、次にはたいてい各診察科の診察室前で待つのだが、このベンチ式の椅子に座って、ときには1時間ほど待たされる時がある。どうして待合室のベンチって、こうもつまらなく置かれ、つまらない顔をした人々を見守らなくてはいけないのだろう。椅子同士の向きや長さを変えることで、あるいは室内環境と連携することで、フィードバックできないものなのだろうか?

2009年5月10日日曜日

満月

5月9日は、満月ということで、夜中は本が読めるほどに明るかった。
ところで、満月は何となくその漢字が当てはめられた意味は分かるような気がするのだが、満月の反対「新月」は、どうして命名されたのだろうか?