2009年5月17日日曜日

「動く」建築資料集成があったら良いな

さて、建築設計の世界には「建築資料集成」というバイブルのような図書があります。ここにはおよそあらゆる建築空間の寸法が掲載されています。人体寸法に合わせた家具や備品の大きさから、人が集まるのに必要な部屋の大きさ、建物の用途別の施設全体の大きさが一目瞭然に分かるようになっています。


このライブラリを使えば素人でもほぼ間違いのない大きさの建物を設計できるかのようにも見えます。何の疑いもなくこのライブラリの寸法を適用すれば大きさに関してはとりあえず合格点がもらえるはずです。


しかし、本当にそうでしょうか?


このライブラリに示された大きさや寸法は、あまりにも個別的な特殊解であり、ひとつの事例であることを利用者が良く理解した上で、ここに示された「値」を参考にする必要があると思っています。自分に与えられた設計課題の解を出すための最初のよりどころとしては機能するかも知れませんが、テーラーメイドな性格を持つ建築の設計やデザインにおいては、このライブラリに頼りすぎることは、結局、大量生産のための平均的な大きさをユーザーに強いることになります。


このライブラリの一番の欠点は、「動かない」ことです。


静止した人体寸法、固定した家具、時代を反映しない様式などなど、利用者の視点は完全に欠如しています。過去に数回は全面改訂して、その時期に合わせた見直しが行われてはいますが、数年かかる改訂作業の末に出版されたときには、すでに過去の寸法体系の記録に留まっています。


とは言いながら、この資料集成の果たした役割、あるいはこれからの役割については、もちろんそれなりに評価されるべきものだと思いますが、疑いもなくこの資料を鵜呑みにしたり、これに頼りすぎることには警告を発したいのです。


人体楕円という寸法の捉え方があります。人間の胴体上部の断面はほぼ楕円形をしていることから、人間を頭の上から見たときに、その体が占有する大きさを頭を中心にした楕円で表現するものです。一般的には、肩幅に当たる楕円の長径は400mm、短径は200mmとされています。ここには年齢はもちろん、男女差も考慮されていませんが、人間が静止している時の平均的な寸法としてはこれくらいだと言う目安にはなります。


しかし、この寸法をもとに廊下の幅員や出入り口の寸法を決めたら大変なことになります。そこで、人体楕円には静止時の寸法と同時に歩行時つまり動きを伴う時の寸法が併記されています。それが600mm x 300mmというものです。この数値でさえ本当はばらつきがあるのですが、でも人がすれ違うときに1200mmの幅員をもった通路であれば、お互いの体をぶつかることもなく、また斜めに体の向きを変えなくてもすれ違うことができると判断できます。


このひとつの例を取り上げただけでも、「動き」を伴う寸法体系の必要性は十分理解していただけると思います。


また、別の例ですが、建築資料集成には空間や家具の立面寸法も掲載されています。その中に洗面台の高さが示されていますが、JIS規格の720mmが未だにまかり通っているのには驚きました。もちろん使う人の身長に左右されるのは当たり前ですが、それにしても最近の日本人の平均身長からすれば、720mm~750mmが低すぎることはすぐに分かるはずです。


ここに示された図と寸法から読み取れることは、手の届く範囲や身体各部と洗面台各部との位置関係および寸法の一つの目安が示されているのであって、決して、利用者個人の特性にあわせた寸法の算出方法が示されているのではないということです。


さらに、動作の一断面を切り取ったつまり静止した状態での寸法であり、その動作がどれほど続くのか、利用者の暮らしの変化(子供の場合には身長の変化)などの視点は設計者にゆだねられており、ここには示されていないと理解しなくてはなりません。


メーカーの研究などでは、すでに洗面台の高さは800mmが良いという報告があり、実際の導入例でも「いまより5センチ高くする」のが主流です。この5センチ高いことが、どれほど腰痛に悩む人にとっては朗報かは、研究室の調査結果が物語っています。洗面行為のように毎日、腰を屈めて一定時間無理な姿勢を強いることは、設計としては採用すべきではありません。ただこれまで、その適切な指針が出されていなかった、というより建築計画と医学とが連携した研究がなされていなかったことが一番の原因かも知れませんが。

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